本日は、日本初のLGBTQフレンドリーな就労移行支援事業所「ダイバーシティキャリアセンター」のオープニングイベントにいらしていただきありがとうございます。
私は、このセンターを運営する、認定NPO法人ReBitの代表理事を務めます、藥師実芳(やくしみか)です。自身も、女性として生まれて男性として生活するトランスジェンダーで、かつ発達障害(ADHD)がある「複合的マイノリティ」(ダブルマイノリティやトリプルマイノリティなど、複数のマイノリティ性がある人)です。また、国家資格キャリアコンサルタントとしてLGBTQのキャリア支援を3500名へ提供してきた、キャリア支援者でもあります。
キャリア支援を行うなかで、たくさんの複合的マイノリティからの相談をいただきました
ReBitは、LGBTQを含めた全ての子どもがありのままで大人になれる社会を目指す、認定NPO法人です。2009年に学生団体として立ち上がってから、本事業所開所日である2021年12月1日をもって、設立13年目に突入しました。なお、これまで3つの事業を展開してきました。
1つ目は、教育事業。教育現場での授業や教材作成等の普及啓発に取り組んでいます。
2つ目は、若者育成。全国のLGBTQユースの若手リーダーを応援するイベントやプログラムを展開しています。
3つ目は、キャリア事業。企業/キャリア支援機関等への研修やコンサルテーションを実施や、国内最大級のダイバーシティキャリアフォーラム「DIVERSITY CAREER FORUM」を展開しています。
また、これまで、LGBTQへのキャリア支援を3500名以上に提供してきましたが、そのなかで、LGBTQかつ精神障害がある「複合的マイノリティ」の人たちからも多数相談をいただくなかで、福祉サービスのモデルを活用して支援ができないかと、4つ目の事業として福祉事業を開始する運びとなりました。
安全に福祉が利用できないことは、自死につながることもあります
本事業で解決したい社会的課題についてお話します。
現状、安全網であるはずの福祉をLGBTQは安心/安全に利用できない状況があります。LGBTQであることは、障害ではありませんが、LGBの25%、Tの35%がうつを経験するなど、LGBTQは精神障害における高リスク層であると言えます(*1)。一方で、LGBTQの76%が、福祉利用における不安や困難を経験しています(*2)。
この状況は、LGBTQの高い自死リスクにもにおける高リスクにもつながっているのではと考えられます。また、LGBTの自殺・うつによる社会的損失の試算値(暫定)は1,988~5,521億円との調査もあり、社会的にも大きな課題です(*3)。
本事業を通じて、LGBTQも福祉が安心/安全に利用できることで、自分らしく生活を続けられる基盤をつくっていきたいと考えています。
*1:特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ、国際基督教大学ジェンダー研究センター(2015)「LGBTに関する職場環境アンケート」
*2:認定NPO法人ReBit(2021)「精神・発達障害がある性的マイノリティの求職活動に関する調査」
*3:独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2019)「性的マイノリティの自殺・うつによる社会的損失の試算と非当事者との収入格差に関するサーベイ」
精神・発達障害があるLGBTQの92%が、求職時に困難を経験しています
課題を把握し可視化するため、私たちは長年取り組んできた就活支援の文脈から、LGBTQで精神・発達障害がある人に調査をしました。このなかで明らかになった課題を2つ紹介します。この調査は、2021年5月にオンラインで実施し、260名の方にご回答をいただきました。
まず、1点目に、求職時、性的マイノリティかつ障害があることに由来した困難が多いということです。92.5%が、給食時にLGBTQかつ障害があることに由来した不安や困難を経験していることがわかりました。複合的マイノリティであること、安全に働ける職場がないのではとの不安、相談できる場やロールモデルの不足、開示することによる採用への悪影響や差別・ハラスメントの恐れが挙げられました。また、88.2%が、面接時など選考時に、性のあり方や障害に由来した困難やハラスメントを経験しています。いただいた声をいくつか紹介します。
採用面接時、障害とトランス女性であることを理由に、採用をする意志がないことを明言された。(50代、トランスジェンダー女性、精神障害
採用面接で突然、社長から「君はホモか?」と聞かれ、否定したが、就職してからも「ホモか?」と何度も聞かれ、体調を崩して出社できなくなり、退職した。(40代、ゲイ、精神障害)
精神疾患が悪化して自宅療養中。LGBTQであるだけでも仕事を探すのが困難ななか、精神疾患もあるとなるとさらに困難。自分のような存在が不安なく働ける世の中になってほしい。(20代・FtXトランスジェンダー/パンセクシュアル、精神障害)
精神・発達障害があるLGBTQの76%が、行政・福祉サービス利用における困難を経験しています
2点目に、行政・福祉サービスが利用しづらいということです。76.8%が、障害や就労に関する行政・福祉サービス利用における不安や困難を経験しています。そのなかでも最も多かったのが、アクセシビリティに関する課題です。そのなかでも最も多かったのが、安心し利用できる行政・福祉サービスがわからなかった、性のあり方を伝えたら利用を断られるのではと利用に関する不安だった等、利用に関する困難でした(67.4%)。他にも、支援者の理解がなくて否定的な言動を受けた等の、支援者に関する困難(45.2%)や、利用者からの否定的言動等による困難(55.5%)が挙げられました。いただいた声をいくつか紹介します。
支援者から「女の子らしいね」「女の子だから力仕事はないよ」などとよく言われ、ここではセクシュアリティを開示し相談できないと感じた。(20代、レズビアン、精神障害)
障害支援を行う施設や制度がLGBTQの想定を一切していないように感じる。生きるのも就職も大変で、もう生きていけないと感じています。(20代、トランスマスキュリン、精神障害/発達障害)
支援者に、障害とLGBTQの両方に関する知識を持っておいていただけると助かります。 発達障害があるLGBTQですと伝えると、 「どうしよう」とオロオロされることが多いです。(20代、パンセクシュアル、発達障害)
就労移行など障害福祉サービスにトランスジェンダーであることを開示することが不安で、相談できませんでした。障害フレンドリーだけでなく、LGBTQやダイバーシティにもフレンドリーであってほしい。(30代、トランスジェンダー男性、発達障害)
LGBTQも、安心して利用できる福祉サービスを創りたい
このような声を受け、就労移行支援事業所「ダイバーシティキャリアセンター」を開所することとしました。ダイバーシティキャリアセンターは、LGBTQなど多様性にフレンドリーな就労移行支援事業所(福祉サービス)です。なお、LGBTQフレンドリーを謳う就労移行支援事業所は、日本で初めであると認識しています。2013年より3500名のLGBTQ等のキャリア支援や、多様性推進に取り組む企業200社と協働してきた、認定NPO法人ReBitが運営します。
そのため、LGBTQの就活支援への専門性、理解ある企業多数と関係性があること、 支援員が当事者/理解者であることが特色です。さまざまなマイノリティ性をもつ「複合的マイノリティ」の人たちも安全・安心に利用できる就労移行支援事業所を目指し、一人ひとりの自分らしい生き方・働き方を応援します。
なお、就労移行支援事業所とは、就職を目指す障がいがある方へ就職に必要な知識やスキル向上のためのサポートを提供する障害福祉サービスです。約9割の方は無料でご利用されていて、利用期間は、原則最大2年間です。なお、就労移行は単発利用をする施設ではなく、利用登録をしている人たちが原則週5日訓練に励みます。
利用対象者は、障害や疾患がある人が、在住の市区町村の許可を得て利用できます。すでに働いている方や、遠方在住の方は、一般的には利用できません。また、本事業所は、LGBTQでなくても利用できます。しかし、LGBTQは障害ではないので、LGBTQであっても障害や疾患がない方は利用できないことをご留意ください。
働くことを目標とし、さまざまなスキルに応じた訓練を行います。他の就労移行と同様に、ストレスに対処するためのストレスコーピングや、相手も自分を尊重するためのコミュニケーションを学ぶ講座や、パソコンスキルやビジネススキルを職場さながらの訓練を通じて会得することもできます。また、独自性の高い講座としては、LGBTQの社会人等さまざまなちがいをもつ社会人との交流を通じ、多様な生き方・働き方と出会う「ロールモデル講座」や、自分らしい服装やメイクを試す講座等、自分らしい生き方・働き方を考える機会も用意しています。
また、ダイバーシティに取り組む企業の担当者との交流や説明会実習など、さまざまな方法で自分らしく働ける企業とのご縁をつくります。他にも、応募書類や面接方法をキャリアコンサルタントが個別支援を行、一人ひとりの自分らしく働くに向けて伴走します。また、就職してからも、自分らしく働き続けられるために、相談対応や企業への環境調整依頼等のサポートなどの、定着支援も行います。
「初めて安心して福祉を利用できた」との声も
ダイバーシティキャリアセンターのサービス管理責任者を務めています、石倉摩巳(いしくらまみ)です。私は、精神保健福祉士、相談支援専門員、手話通訳士として、福祉分野に長らく携わってきました。
ここからは、フェロー(利用者)のみなさまの声を紹介します。なお、ダイバーシティキャリアセンターの開所は12月1日ではありますが、私たちは8月より自主事業として支援プログラムを実施していて、その期間からずっとご利用をいただいている3名の声を、本日はご紹介したいと思います。弊事業所で訓練されているフェローに共通していることは、これまでセクシュアリティと障害、両方を安心して相談できる福祉サービスに繋がることが困難だったご経験をお持ちだということです。
【Aさんメッセージ】
以前、就労移行を利用した際、セクシュアリティやジェンダーのことで辛い経験をしました。そこはLGBTQについても理解ある環境ではなかったので、いないものとして扱われることにも憤りを感じたし、そこでさまざまなセクシュアリティに関するハラスメントもありました。DCCを選んだ理由は、それらを相談していた友人から紹介してもらったことがきっかけです。
いざ説明会に参加してみて、一人ひとりセクシュアリティが多様であることが大前提として受け入れられている環境だったことに心底安心したし、救われる気持ちでした。
今まで会社でも就労移行でも、いわゆる一般的な社会だと、自分のアイデンティティをどう扱われるかの不安感からスタートになるため、自分の希望は二の次になっていました。
毎回、環境が変わるごとに、周りを探りながら自分のセクシュアリティやジェンダーについて、気を張って行動していたと思います。
DCCでは、そのいつもの不安感が必要ない環境なので、はじめから向き合いたい自分の課題にすぐに取り組めるのです。本来当たり前のことなのかもしれませんが、私にとっては有難い衝撃でした。余計な煩わしさや手間がなく、なんて気楽なんだと実感しています。
現時点でも既に、一人一人の状態や目標に合わせて一緒に歩みを進めてくださっているので、それだけでも充分、他の就労移行とは違うと感じています。
自身のジェンダーやセクシュアリティ・障害特性などを把握してくださっている方のサポートがある、ということは、就職・就労の際の服装の悩みをはじめ、働きやすい就労環境を探す上での様々な相談ができる安心感があります。
心地よく働くことができる環境を自分自身でも選べると期待しています。
セクシュアリティについても、障害特性についても、自分に合った就職先を見つけて、長く自分らしく働いていける自分になりたいと思っています。
【Bさんメッセージ】
就労移行支援事業所をいくつか見学していた時に、ある事業所の支援員の方に、自分のセクシュアリティや障がいの事を話したところ、「一番合っているのでは?」と言われたのがきっかけで、利用説明会に参加しました。利用説明会を通じて、“セクシュアリティやジェンダーの多様性を想定されているのは、ここしかない”と思いました。また在宅でのオンライン訓練の参加も可能と知り、“ここなら自分らしく訓練に望める”と思い、ダイバーシティキャリアセンターの利用を決めました。ダイバーシティキャリアセンターの印象としては、どこかアットホームな感じで、じぶんにとっての居場所の一つにもなりそうです。
今後ヘアセットやメイク講座などを通して、自分らしい生き方・働き方を学んでいけると嬉しいです。
【Cさんメッセージ】
誰もがある意味マイノリティ、それぞれの困難さや課題を持っていますが、やはり「社会構造の中で特定のイメージを持たれ、無理解な言動を受けやすい」のがLGBTQや障害者だと思います。「ふつうの人とはちょっと違う、扱いが難しい人」「自分にはあまり身近に感じられないし、正直そんな人のことまで配慮する余裕がない」などの偏見を受けやすいこともあります。どんな属性の人にとっても、心理的安全性が確保されていることが最低限必要だと強く思いますが、そういった場所は多くない。ダイバーシティキャリアは、そんな貴重な場所のひとつです。
DCCを利用し、マイノリティ性が問題にならないところ、色々意見を言えるところ、何かを決めつけられないところが心理的に安全だなと感じています。
障害とマイノリティ性によって仕事の選択肢が狭まると思って悲観視していたが、ダイバーシティキャリアセンターのサポートによって想像よりも現実は明るいものだと知ることができた。自分に十分価値があり、また、自分の持ち味を発揮できそうな求人があることも分かった。LGBTQで障害者であっても、絶望しないで生きていけそうだと思えるようになった。
就労移行支援という制度があるのは知っていたんですが、LGBTへの適切な理解があるとはっきり打ち出しているのはダイバーシティキャリアセンターだけでした。当事者にとっては本当に必要なサービスです。これから、もっと同様のポリシーで運営される事業所が増えていって欲しいと思っています。
こちらは3名の声でしたが、当事者の多くは、ご自身の困りごとを相談すること自体が高い壁になっているケースが多く存在します。私がこれまで経験した福祉現場においては、当事者がやっと相談できても、過去の事例が少ないが故に支援者がどのように対応していいのか迷ってしまい、適切な支援ができない場面を多くみてきました。
福祉サービスは、本来、誰も平等にアクセスし、安心して使うことのできるサービスです。LGBTQなど障害以外のマイノリティ性がある人も、安心/安全に利用できる支援モデルを構築し、誰もが自分らしく働き、生きる上での選択肢を増やしていきたいと考えています。
LGBTQも安心/安全に福祉利用ができるため、3つの柱を推進
LGBTQも安心/安全に福祉利用ができるため3つの柱を推進していきたいと考えています。
1つ目に、課題の可視化です。2010年に学校現場の啓発を始めたときも、2013年に就活生の支援を始めたときも、「LGBTQの子どもなんていない」「LGBTQの就活生なんて会ったこともない」と言われてきました。しかし、2015年には文部科学省から通達が出され、今では厚生労働省「公正な採用選考の基本」にもLGBTQについて明記されているのは、課題が可視化されたからだと考えています。今回も福祉事業を始めるにあたり、福祉に携わる多くの方々から「LGBTQからの相談はない」と言われることもしばしばあります。一方で、私たちの元には多くの困りごとが届いているからこそ、声を可視化し課題提起を行うことで、みなさんとともに課題を解決していける一助となることを願っています。
2つ目に、福祉サービスでの支援モデル構築を進めることです。LGBTQで精神・発達障害がある方々、ひいては複合的マイノリティの方々にとっても、利用しやすい福祉サービスのモデルを、このダイバーシティキャリアセンターで実践を通じてつくっていきたいと考えています。
3つ目に、行政・支援機関/者と連携しモデルの波及です。どの地域に住んでいても、安心して利用できる福祉サービスが増えるように、連携・波及を進めていきたいと考えています。
どの地域でも自分らしく働き・生きられる未来を目指して、以下3点に取り組んでいきます。
1. 精神・発達障害があるLGBTQの喫緊な相談が、全国から届いています。ほとんどの方、今までどこにも相談できていません。 「言えないこと」が「いないこと」にならないよう、声を丁寧に集め、課題の可視化を進めていきます。
2. 2021年4月より厚生労働省は「重層的支援体制整備事業」を開始。 地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する包括的な支援体制を構築する事業を進めています。複雑化・複合化した支援ニーズのなかにLGBTQも包摂されるよう、行政等と連携しながら支援のモデルケースを構築し、各地へ波及できるよう、邁進していきたいです。
3. LGBTQも安心/安全に利用できる福祉サービスを増やすには、支援機関/支援者との連携が重要です。誰もが利用しやすい福祉サービスの実現に向け、コレクティブに協働・共創していきます。
私たちは、この旅路のはじまりが、「ちがいを ちからに 変える街。 渋谷区」であることを嬉しく思っています。ここの場所から、誰もが自分らしく働き・生きられる未来を創るためにも、「誰もが利用しやすい行政・福祉サービスについて考える」をテーマに、渋谷区長の長谷部健さんをお招きし、トークセッションをします。
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